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「企業活動にオフィス不要」は本当か 第1回

                       大須賀信敬(組織人事コンサルタント)


新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴い、在宅勤務によるテレワークの普及が著しい。その結果、企業を経営する上でオフィスを保有する必要はないとする「オフィス不要論」まで、耳にするようになった。しかしながら、「人材教育」という視点から見た場合、在宅勤務はオフィスに出勤して行う通常勤務を完全に代替できる勤務形態とは言い難い。そこで、今回は「人材教育」の面から在宅勤務のデメリットを考えてみたい。



在宅勤務の普及から飛び出した「オフィス不要論」

7月30日、政府は埼玉、千葉、神奈川の3県と大阪府に新型コロナウイルス感染症対策の緊急事態宣言を8月2から31日まで発令すると決定した。東京都と沖縄県への同宣言も、当初予定の8月22日までから31日までに延長される。


コロナ対策の緊急事態宣言では、対象地域の企業に対して在宅勤務によるテレワークなどで出勤者数を削減すること、テレビ会議を活用することなどが強力に要請されている。また、本宣言の発出対象となっていない道県の企業に対しても、同様の措置により人と人との接触機会の低減を図ることが求められているところである。


確かに、一般的な企業の場合、会社に出勤して行う業務の多くはIT環境を整備すれば自宅でも可能となる。在宅勤務で課題となりがちな社員間のコミュニケーション不足も、テレビ会議システム・ビジネスチャットツールなどを活用すれば、一定程度は解消可能といわれている。そのため、企業としては在宅勤務と並行してオフィスを縮小または廃止することで、多大な経費削減が可能となる。


このような事情から昨今では、オフィスを保有しなくても企業経営上は問題がないとする「オフィス不要論」を耳にするようになってきている。


Web教育では効果が期待でない「意識教育」

ところが、人材教育という視点で考えた場合には、在宅勤務は通常勤務を完全に代替できる勤務形態とはいえない。


社員に対して実施する人材教育は、教育内容の相違から知識教育と意識教育の2種類に分類できる。前者は「業務に必要な知識・スキルを理解させる教育」であり、後者は「業務に必要な考え方に則して行動させる教育」である。


以上の2つの教育のうち知識教育については、会社に出勤しなくても効果的に実施可能である。テレビ会議システムや eラーニングなどを活用し、在宅勤務者に対して一定の教育効果を上げている企業は少なくない。ところが、業務に必要な考え方に則して行動させるための意識教育については、ITツールで効果的に実施することは困難である。


例えば、社員にコンプライアンスを教育するケースを考えてみる。「企業ではコンプライアンスが重要なこと」について知識として社員に理解させるだけであれば、テレビ会議システムなどを使用することで、在宅勤務者にも効果的な教育は可能であろう。


しかしながら、社員にコンプライアンスを重視した行動をとらせる意識教育は、テレビ会議システムなどで行った場合には、極めて実効性に乏しくなるものである。


「アイコンタクト」が機能しないモニター越しの呼び掛け

ITツールで行う意識教育が効果を生みにくい理由は、2点考えられる。1番目はアイコンタクトの効果が生じにくいことである。


効果的な教育を行うには、さまざまな教育テクニックが必要となる。代表的なテクニックのひとつが、目と目を合わせるアイコンタクトという手法である。つまり、効果的な教育は、教育担当者が教育対象の社員と視線を合わせながら行うことがポイントとなる。


教育担当者がアイコンタクトをしながら教育を行った場合、アイコンタクトをされた社員は「自分に向かって語り掛けている」という気持ちを強く抱くことになる。その結果、教育に対する参加姿勢が前向きになり、社員の行動変容が起こりやすい。


ところが、テレビ会議システムでモニター越しに教育を受ける状態では、教育対象である社員の心に「自分に向かって語り掛けている」という感情が湧きにくい。そのため、教育内容を知識としては理解できるが、社員の行動変容には繋がりにくいものである。


同じ空間を共有しているからこそ可能なことがある

ITツールで行う意識教育が効果を生みにくい2番目の理由は、“熱意” が社員に伝わりにくいことである。


例えば、社員にコンプライアンスを教育して行動変容を求める場合、単に理屈としてコンプライアンスを説明するだけでは不十分である。コンプライアンスの重要性について、社員の心の琴線に触れるよう熱心にかつ力強く語り掛けることが必要となる。このような教育によりはじめて、社員の心の中に「私もコンプライアンスを守ろう!」という強い気持ちが芽生え、社員の行動が変わるのである。


しかしながら、どんなに教育担当者が社員に熱心に語り掛けたとしても、モニター越しではその “熱意” が上手く伝わらない。そのため、社員が教育内容に心を動かされることも少なく、行動変容に結び付きづらいのである。


人材教育の現場には、「同じ空間を共有しているからこそ可能なこと」が存在する。特に社員に意識変革・行動変容を求める教育では、「同じ空間を共有しているからこそ可能なこと」の存在が、効果を大きく左右する。在宅勤務者に対する教育を行う際は、ITツールは万能ではないことを心に留めておきたいものである。

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