大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
汚職事件、個人情報漏えい事件などの不祥事が発生すると謝罪会見が開かれ、企業のトップが謝罪をするケースが多い。そのような会見の模様がテレビ報道などで伝えられるたびに感じることがある。「このトップは本当に謝罪をする気があるのだろうか?」ということである。
トップのメディア対応ミスが不祥事を泥沼化させる
企業が不祥事等を起こした場合には、トップによる緊急記者会見が開催されることが多い。会見の場では、不祥事に対して各メディアの記者から矢継ぎ早に厳しい質問が浴びせ掛けられる。
そのような場面で、企業トップが好ましくない印象を与えるような発言や立ち振る舞いをした場合には、国民は「この経営者は反省をしていない」というマイナスの印象を持つことになる。このようなメディア対応のミスが、企業の存続に致命傷を与えることがある。
古い話だが、平成12年に発生した大手乳飲料会社の集団食中毒事件では、記者会見に参加した記者の厳しい対応に、企業のトップが「私は寝ていないんだ!」と言い放ってしまった。この発言が当の事件以上に大きな波紋を呼び、同社を含むグループ企業全体の経営悪化に繋がったことがある。
企業が不祥事等を起こしてメディア対応を行う場合には、その対応の成否が企業経営に大きな影響を与えることになる。そのため、常日頃から企業トップがメディア対応を適切に行うためのトレーニングを積んでおくことが危機管理上、重要といえる。
マスコミから取材を受けるような場面で好ましい言動ができるよう、マスコミ対応スキルを高めるトレーニングのこと『メディアトレーニング』という。
『メディアトレーニング』を積んでいない企業トップの記者会見には、次のような特徴がある。
謝罪時のお辞儀が浅く、また、お辞儀後すぐに顔を上げる。
厳しい質問を投げかけられると、「不服そうな表情」「不満そうな態度」を見せる。
「第三者的」「評論家的」な態度であり、まるで他人事のように説明をする。
目、顔の表情から「申し訳ないことをした」という雰囲気が伝わってこない。
メディア対応は国民へメッセージを伝える場
メディア対応の際、企業のトップがこのような状況に陥ってしまう最大の原因は、企業トップが「自分がメッセージを伝える相手は目の前にいる記者ではないこと」を理解していないことによる。
謝罪会見等の場は、企業トップが目の前にいる記者に話をする場ではない。記者の背後にいる「国民」にメッセージを伝える場である。不祥事の被害を受ける「社会」やその構成員である「国民」に対し、顛末と今後の方策を真摯に包み隠さず説明することが企業経営者としての責務であり、その場が記者会見の場なのである。目の前にいる記者は、企業トップと「国民」とをつなぐ単なる媒体に過ぎない。
従って、記者がどんなに厳しい質問を浴びせ掛けてきても、それは「国民」の不安・不満の裏返しであることを理解し、常に冷静に誠実に説明責任を果たさなければならない。しかしながら、事前に十分な練習を積んでおかなければ、そのような好ましい対応はできるものではない。メディア対応の成否は、常日頃からの『メディアトレーニング』の実施度合いに大きく依存するものである。
『メディアトレーニング』は経営者にとり、必須のスキルアップトレーニングといえる。トレーニングの過程では、「模擬インタビュー」や「模擬記者会見」を通してトップ自身がメディア対応に晒される経験を積むことになる。そのため、経営者自身が必要性を認識し、自ら前向きに取り組まないと、効果的なトレーニングにはならない。真剣にシミュレーショントレーニングを繰り返す中でメディア対応の困難さを体感し、イザというときの準備が図られるのである。
「面倒だから」「いつ必要になるか分からないから」などの認識で『メディアトレーニング』を避けていると、イザというときに取り返しがつかないことになる。リスクマネジメント・危機管理広報の一環として、ぜひ取り組むことをお勧めする。
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