大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
2022年1月から、健康保険の任意継続被保険者制度の改正が行われている。その結果、退職した従業員が健康保険の任意継続から国民健康保険に移行し、保険料支出を軽減することが容易になったようである。それは一体、どのような仕組みなのだろうか。
選択が難しい退職後の公的医療保険
会社を退職した後で再就職をしない場合、加入する公的医療保険制度にはいくつかの選択肢がある。そのうち、在職中の健康保険の任意継続をするか、自治体が運営する国民健康保険に新規加入するかは、判断に迷うところである。
在職中に健康保険組合に加入していたのであれば、国民健康保険よりも給付面・福利厚生面などで有利なケースが多いため、健康保険の任意継続を選択するかもしれない。しかしながら、一般的には「保険料負担が少ない制度を選択したい」と考えるケースが多いようである。退職後に再就職をしないのであれば、安定的な定期収入を得にくいのが通常なので、保険料額を基準に制度を選ぶのも当然と言えよう。
ところが、健康保険の任意継続と国民健康保険とでは、保険料を決定する仕組みが全く異なる。そのため、保険料額を簡単に比較できない点が、制度選択を困難にしている。
退職後に収入がなければ、年度がわりで国民健康保険が有利になりやすい
健康保険の任意継続では、保険料額は退職時または平均の標準報酬月額に基づいて決定され、原則として年度がかわっても同額である。次年度に保険料率や平均の標準報酬月額に変更があると保険料額が変わることもあるが、金額が大きく変更になることは通常ない。
これに対して国民健康保険の場合には、保険料のうちの所得割額が前年所得に応じて決定される。そのため、年度がかわると保険料賦課の対象となる所得も1年ずれることになり、所得額に大きな変動がある場合には、保険料の所得割額も大きく変更される。
以上のような仕組みの相違から、退職後に収入がない場合の次年度の保険料額は、健康保険の任意継続では前年度と変わらないのが通常であるのに対し、国民健康保険は前年度よりも大きく低下する傾向にある。
従って、健康保険の任意継続を選択した人が退職後に収入がない場合には、年度がかわるタイミングで国民健康保険へ加入制度を切り替えると、保険料負担を軽減できるケースが少なくない。
国民健康保険加入のためにやめられなかった2021年までの任意継続制度
ところが、2021年までは健康保険の任意継続から国民健康保険への切り替えが容易ではなかった。健康保険法では、「国民健康保険に加入するために健康保険の任意継続をやめること」を認めていなかったからである。そのため、任意継続の期間である2年間は同制度をやめられず、年度がわりの保険料軽減のチャンスを逸するケースが少なからず見られた。
もちろん、どうしても任意継続を2年が経過する前にやめたければ、「意図的に保険料を滞納する」という方法により可能ではあった。任意継続の保険料は当月10日が納付期限日であり、その日までに保険料を納めなければ、翌11日付で自動的に資格喪失となるからである。
しかしながら、任意継続の保険料を前納している場合には、「意図的に保険料を滞納して任意継続をやめる」ということも簡単にはできない。
健康保険の任意継続には保険料を前払いする前納という仕組みがあり、6カ月分や1年分の保険料をまとめて早く払うことにより、支払い額を通常よりも安く抑えることが可能である。ところが、仮に1年分の保険料を前納した後に「国民健康保険に切り替えれば保険料負担が軽減できる」と気付いても、すでに年間の保険料を支払い済みなので、1年間は保険料の滞納が発生しない。その結果、任意継続をやめられず、国民健康保険への移行ができないという事態に陥るのである。
「任意脱退」を活用して保険料支出の軽減を
2022年1月からは健康保険の任意継続で大きな制度改正が行われている。そのうちのひとつが、任継継続の資格喪失の要件に「任意継続被保険者でなくなることを希望する旨を保険者に申し出た場合」が加えられたことである。つまり、任意継続をやめたいとの申請を出せば、いつでも自由にやめられる任意脱退が可能になったわけである。
そのため、任意継続を開始してから2年を経過していなくても、保険料負担が軽くなった国民健康保険に加入するために任意継続をやめることができるようになった。他にも、「家族が加入する健康保険に被扶養者として加入する」という目的で任意継続を任意脱退することも可能である。
2022年1月からは、退職時の給与水準が平均よりも高かった任意継続者に対し、2021年までよりも高額の保険料を健康保険組合が徴収できるように制度改正されている。この点を考慮しても、健康保険の任意継続を選択した人が退職後に収入がない場合には、年度がわりに国民健康保険への移行を検討することが重要と言える。
人事部門の皆さんが退職後の社会保険制度について従業員にアドバイスをする際には、この点についても忘れずに説明していただきたい。
《参 考》
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