大須賀信敬(組織人事コンサルタント)
日本の年金制度には年金受給者に扶養する配偶者がいる場合、配偶者加給年金額という割り増しを付けて年金を支払う仕組みが用意されている。ところが、現実には「年金に割り増しが付くと思っていたのに、付いていない」というケースが少なくない。そこで、3月20日付コラムに引き続き、老後の年金に「配偶者の割り増し」が付かない事例を検証してみよう。
《ケース4》配偶者が高収入の場合
前回の前編では、老後の年金に配偶者の割り増しが付かない3つのケースを紹介した。今回は4番目のケースとして、配偶者が高収入の場合から解説しよう。
次のようなプロフィールの夫婦について考えてみたい。法人を経営する夫は厚生年金に40年の加入実績があり、まもなく老齢厚生年金を受け取れる年齢を迎えるとする。一方、妻は趣味を活かした起業が成功し、前年の年収は900万円である。この夫婦の家計は、主に夫が受け取る役員報酬で賄われているとしよう。
ところが、一家の家計を支えるこの夫の年金に、扶養する配偶者がいることによる割り増しが付くことはない。理由は妻が高収入だからである。
配偶者の割り増しが夫の老齢厚生年金に付くためには、原則として妻の前年の年収が 850 万円未満であることが必要とされる。このケースでは妻の前年の年収が900万円なので、家計が主に夫の役員報酬で賄われていたとしても、年金の割り増しの対象にはならないのである。
《ケース5》配偶者が年上の場合
配偶者の割り増しが付かない5番目のケースは、配偶者が年上の場合である。
例えば、妻は夫よりも1歳年上としよう。夫が老齢厚生年金を受け取れる年齢である65歳を迎えたときには、妻の年齢は66歳である。また、夫婦の家計は、企業経営者である夫の役員報酬のみで賄われているとする。
このようなケースでは、夫に厚生年金の十分な加入実績があり、妻の前年の年収が0円であったとしても、夫の老後の年金に配偶者の割り増しが付くことはない。理由は夫が老齢厚生年金を受け取れる年齢になったときに、扶養する妻の年齢が65歳以上だからである。
夫の老齢厚生年金に対する配偶者の割り増しは、妻が65歳になるまでの期間限定措置である。妻が65歳になれば妻名義の年金が支払われるようになるので、経済的負担を考慮して夫の年金に割り増しを付ける必要性がなくなるからである。
このケースでは、夫が老齢厚生年金をもらえる65歳に達したときに妻の年齢が66歳なので、配偶者の割り増しが可能な年齢をすでに超過している状態にある。そのため、夫には割り増しのない年金が支払われることになる。
老後の年金に配偶者の割り増しが付く期間の長さは、配偶者の年齢に依存する。夫が長期間の割り増しを受け取るには妻が夫よりも年下であり、加えて夫婦の年齢差が大きいことが必要となる。
《ケース6》高い報酬で社長業を営んでいる場合
配偶者の割り増しが付かない最後のケースは、高い報酬を受け取りながら社長業を営んでいる場合である。
企業の代表取締役を務める夫は月々の役員報酬を150万円、役員賞与を年に400万円受け取っているとしよう。妻は専業主婦のため前年の年収は0円であり、夫婦の家計は夫の収入のみで賄われている状態である。
夫には厚生年金の十分な加入実績があり、まもなく老齢厚生年金を受け取れる年齢である65歳を迎える。なお、妻は5歳年下の60歳のため、夫は「妻が65歳になるまでの5年間は、月々15万円の老齢厚生年金に配偶者の割り増しが付くはずである」と考えていたとしよう。
しかし残念ながら、この夫の老齢厚生年金にも割り増しは付かない。理由は、自身が高い報酬を受け取りながら社長業を営んでいるからである。
老齢厚生年金をもらえる人が厚生年金に加入しながら働いている場合、企業から受け取る給与等の額によっては年金の一部または全額の支払いが止められてしまうことがある。このような仕組みを在職老齢年金という。
月々の役員報酬を150万円、役員賞与を年に400万円受け取りながら勤務しているケースでは、月額15万円の老齢厚生年金は支払いが完全に止められることになる。配偶者の割り増しは老齢厚生年金に上乗せして支払うものなので、老齢厚生年金が全く支払われないこのケースでは割り増し分も支払いが行われることはないのである。
配偶者加給年金額は「不公平な制度」?
今回ご紹介した事例はいずれも、厚生年金に十分な加入実績があっても配偶者加給年金額が付かないケースである。そのため本稿を読み、次のような感想を抱く方もいるであろう。「長期間、厚生年金に加入しても、配偶者の割り増しが付く人と付かない人がいるのは不公平である。同じように保険料を納めたのだから、同じように割り増しも付けるべきだ」。
しかしながら、わが国の年金制度は必ずしも「納めた保険料が同じであれば、享受できるサービスも同じにする」という考え方で運営されているわけではない。「保険料は負担能力に応じて納め、年金は必要性に応じて支払う」という『応能負担・必要給付』と呼ばれる原則に基づいて運営されている。公的年金制度は金融商品ではなく、社会保障施策だからである。
そのため、配偶者の割り増しも扶養に伴う実質的経済負担に着眼し、必要度の蓋然性が高いケースのみが原則の支払い対象とされる。年金を受給する上では、このような制度理解も必要といえよう。
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